ちよにやちよに
作家の白駒妃登美さんが、今の再生前夜の日本にぴったりの、すばらしい著書を世に送り出してくれた。題名は「愛の歌きみがよの旅 ちよにやちよに」。白駒さんの話を聞いてはじめて知ったが、この歌が詠われたころのもとの歌は「君が代は・・・」ではなく「わが君は・・・」であった。女性が愛する男性を呼ぶときに「わが君」と言ったのだ。
わが君は、千代に八千代に さざれ石の巌となりて、苔のむすまで
愛するわが君、あなたのいのちがいつまでも、いつまでも、千代に八千代に、幸せに、健やかに続きますように。小さな石たちの集まりが、永い月日をかけてやがて一つとなって、堅く大きな巌に成長し、その上にたくさんの苔が生えるようになるまで、愛するわが君、健やかで幸せでありますように。
何の見返りも求めない、ただただ愛する人の幸せを純粋に願う、いつまでも健やかでいてくれることを純粋に祈る、素晴らしいラブソングであったわけだ。繰り返し口ずさむと、愛の情景がパーッとひろがってくる魂の歌である。
わが君は、千代に八千代に さざれ石の巌となりて、苔のむすまで
ただ、唯一惜しむらくは、この著書「ちよにやちよに」の冒頭で「神話の時代から2千年以上続く、ひのもとのくに、日本」という話で物語をはじめてしまった事か。2千年というのは大和朝廷(天皇家)の歴史であって、われわれ日本人はその10倍、2万年の歴史の「ひのもとのくに、日本」なのだ。日本人は弥生人や天皇家が侵入してくるまでは武器も持たず、はるかに高度な文明の、平和な村々をえんえんと創ってきた愛と和と忠誠の民族である。そして日本列島の神々のもと人々は2万年かけて一つのひのもとのくにへと築き上げられてきた。
何はともあれ、われわれのひのもとのくにの日本人はつい2千年前に武器を持ってやってきた天皇家を受け入れ、ともに連合王国を創り、天皇家を愛しみ、忠誠を尽くしてきた。たびたび後醍醐天皇のようなまぬけで傲慢な天皇が出てきても、日本人の愛と忠誠は決して変わることはなかった。多くの日本人が、楠木正成のように、次々に自らのいのちを捨てて天皇に忠誠を尽くしたのである。だから2千年の間に天皇のほうも感化されて、1945年の日本国敗戦のおり、昭和天皇は自らマッカーサーを訪れて、全ての責任は自分一人にあって、臣下には責任はない。自分は死刑となってよいから、臣下国民には罪をかぶせないでほしいと申し出たのだ。欧米の国王や貴族なら間違いなく自らの命乞いをして財産を持って海外に逃げるために相談に来るところだ。マッカーサーが昭和天皇に感激して天皇制を滅ぼさなかったゆえんである。
これが日本なのだ。2万年にわたってひのもとのくにを築き上げてきた日本人のひとりひとりも、2千年前にやってきた天皇家も、ともに小さな石たちが集まって、永い月日をかけてやがて一つとなって、堅く大きな巌に成長し、その上にたくさんの苔が生えるほどに和して一体化した。それが戦後70年の間に日本人の精神は見る影もないほどに滅び去ってしまったかにみえるが、実は、その根底に流れるひのもとのくには不滅である。だから日本人は、愛するわが君、いつまでもいつまでも健やかで幸せでありますように、と、千代に八千代に心から願うことができる。いま、再生前夜の日本で、本来の日本人の思いを改めて問いかける意義は大きい。問いかけることで愛と和と忠誠心の言霊が響き合い、言霊がひろがっていく。白駒妃登美さん、ありがとう。
わが君は、千代に八千代に さざれ石の巌となりて、苔のむすまで
古鳥史康