書印会読み物文化・伝承

千字文

前回記述したように、書家として今の私があるのは、
師・景嘉(けいか)の存在が大きい。


師は、兎に角基本が如何に大事であるか切に説いていた。
自身の作で、最も思い入れのある三つのうちに
千字文があるのも、基本を大事としていた師景嘉による。

 

千字文は中国をはじめ、かつて多くの国の漢字の手習いの
基本としていたもので、南朝・梁 の武帝が当時文章家として
有名であった文官の周興嗣(しゅう こうし)に文章を
作らせたのが始まりである。

 

千字文は天文、地理、政治、経済、社会、歴史、倫理などの
森羅万象について述べた、4字を1句とする250個の短句からなる
韻文で構成されている。
周興嗣以後は、歴代の能書家が千字文を書いているが、
書聖王羲之の7世の孫、智永が書いた『真草千字文』が有名である。
※書聖王羲之の字に最も近いのが智永と言われている。

 

日本には270~310年頃『千字文』と『論語』10篇が
伝わったと古事記に記録されており、
奈良時代には『眞草千字文』が国宝とされている。

 

また、千字文は手習いの基本であるが、
書道では名作を同じように模して品格を身に着ける
「臨書」という手法がある。
これは名品を同じように真似ることで品格が自然と備わっていくもので、
真似るというのはその為の訓練である。

 

以前、上野国立博物館で開催されていた特別展、
「名作誕生-つながる日本美術」では、日本の数々の名作が展示されている。
今回の展示は名作を模した名作誕生の秘話が題材となっており、
絵画や詩等それぞれの分野で作者が古来の名品に影響を受け、
如何に模していたのか読み解くことが出来る。

 

この名作誕生の秘話を現代の世に伝える一環となったのが、
日本最古の美術雑誌「國華(こっか)」であり、明治二十二年創刊から
現在に至るまで、約130年の間東洋の名作を見出し世に送り出してきた。
今回の特別展は『國華』創刊130周年を記念しての展覧であり、
如何に重要であるかが感じられる。

 

故に、日本美術はいわゆる日本人のこころを象徴するものであり、
受け継ぐべき尊いものである。
美術を通し、日本人のこころを見直し、呼び覚ますことと考えられる。

 

私が出来ることは、書を通じて書の神髄を伝え、
それに伴い先人達の知恵と知識を伝えられること。
古来日本から受け継がれた書への思いと日本人の精神を
次の世代に引き継ぐことだと切に感じている。

 

樵舟 作:『千字文』後記
この千字文は智永の『真草千字文』を参考としており、
筆法や結体は篆書の泰山刻石に始まり隷書の曹全碑、
楷書の張猛龍碑や楽毅論、行書の争座位帖等を中心とする
様々な古典である。
こちらは手本としてでなく、書学者が各自の観点からその天分を
発揮し、個々の千字文を完成させる事を目的としたものである。

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