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C.Wニコル氏が学んだ、日本の魂

誰しも、心の軸があると思う。
それは親や恩師に教えられ、経験を重ねるうちに培われ、
自分を見失わない心の軸。


2020年、日本をこよなく愛し、日本の森や自然を守り、
数々の小説や自伝を残し、多くの人に感動を与えた
C.Wニコルが亡くなった。79歳だった。

氏が初めて日本に来日したのは22歳の時。
当時は、教養が高くて礼儀正しい、明治生まれの人がたくさんおり、
その方々から、日本の魂を学んだという。


氏の自伝「生きる力」には、
日本人が忘れてしまった大切な心がたくさん書き残されている。
氏の言葉を読むと、混沌とした時でも魂が震えてくるものがある。
言葉には力がある。言葉によって魂が形成され、人をも生かすことができる。
今、最も必要とするのは、この「生きる力」なのではないだろうか。
氏の言葉はどれも素晴らしいが、今回は、その一部を紹介したい。




日本に来た当時、
どの土地にも知恵と風格を持つ老人がいて、温かく迎えてくれた。
1960年代に私が出会った日本人の老人たちの世界地理と歴史に関する素養は
現代人をはるかに凌いでいた。
私はそのような老人たちから、日本人が培ってきた魂を学んだのだ。


当時の日本は、男でも「花が好き」と言ってもおかしくない時代だった。
私の空手の先生たちも、花が好きだった。
あるとき、私が空手の型を野外で練習をしている時に、
先生からこんな風に叱られたことがある。


「おいこら、おまえ!」


「何でしょうか」


「足元を見てみろ!」


「何でしょうか?」見ても土と草だけだ。


「貴様、何を踏んでいるのか?足を上げてみろ」


私は足を上げると、そこには潰れた花があった。
私は知らぬ間に花を踏んでいた。そのことを先生は怒っていたのだ。
そのように花を大切にする先生を嬉しく思い、日本の男性の優しさを知った。」


その一か月後に、私は偶然宮本武蔵の映画を見た。
武蔵が山奥の仙人に教えを受けていたシーンに驚いた。そのシーンで
仙人が武蔵に言う。


「構えてみろ」


「はい」
武蔵が構えると仙人はこう言う。


「それは間違っている」

武蔵は構えに自信があるが、念のためにもう一度、構えを取り直す。


仙人はまた言う。
「間違っておる」


「・・・」

武蔵はなす術がないので、不審な顔をしたまま立ち尽くしている。
そこで仙人が武蔵に言う。


「花を踏んでいる」


花を大切にする日本の男性は素晴らしい。
それは祖父が語り聞かせてくれた、か弱いものを守る、優しさである。


優しさを身に付ける為には、礼儀作法を学ばなければならない。
礼儀作法は、私が日本で空手を習い始めた時に最も苦労したことだ。
初歩の初歩から学ばなければならなかった。 祖父からきつく礼儀作法を教えられていたが、
やはり西洋と東洋では文化と生活に大きな違いがあり、学ぶべきことは多かった。
例えば先生が教室に入ってきたら、立ち上がって「おはようございます」と言うこと。
靴を脱いだら足先を外向きにしてそろえて置き直すこと。そのようなことを一つずつ覚えていったのだ。
空手を学んだお蔭で、私は最高のマナーを身に付けることができた。


礼儀作法といえば、一時期、空手を習っていたカノウマコト先生を思い出す。
ある時、「 先生ちょっとお話があるので伺ってもよろしいでしょうか。
明日14時に伺います」ということになると、私は絶対に十分以上前、できればもっと早く
先生の家に着くようにした。 なぜなら、先生は必ず玄関の外に立って私を待っていらっしゃるからだ。
それは雪でも雨でも関係ない。必ず定刻より前に玄関の外に出て来客を待つのが先生の流儀なのだ。
雪や雨が降れば、玄関の外で傘をさして待っていらっしゃる。私のような目下の者でも変わりはない。
遅刻などはもってのほかであり、雪や雨が降っていたら定刻より出来る限り早く行くように心がけていた。
まったく恐縮というのはこういうことを言うのであろう。カノウ先生ほどの人は珍しいが、
明治生まれの人々は教養と威厳があり、礼儀正しかった。


2011年 2月9日は私にとって忘れられない日になった。 天皇皇后両陛下にお会いしたのだ。
とても光栄なことで緊張したが、お二人とも優しくお話ししてくださった。


世界や日本の自然についてお話をしたのだが、お二人とも自然への造詣が深く話が弾んだ。
最後にお二人からこのようなお言葉を頂いた。
「日本の森をずっと守ってください 」
このお言葉には体が震えた。優しくて力が溢れてきた。そのお言葉にお答えするには、
もっともっと美しい森を育てるしかない。


お話が終わるとお二人が玄関まで私を見送ってくださった。
部屋から玄関まで百メートルほどあったが、お二人は気にする様子もなく歩いて見送ってくださった。
その上私が車に乗った後も両陛下は手を振って見送ってくださる。本当に恐縮というしかない。
最後まで手を振ってくださり、本当に言葉にできないほど感激した。
お二人の立ち居振る舞いには気持ちがこもっており、こちらの心の奥まで伝わってきた。
私は明治生まれの人々から多くのことを学んだが、その全てを両陛下は身に付けていらっしゃった。


残念ながら、明治生まれの紳士たちの多くは天に召された。
彼らの不在は悲しいが、自然の摂理なのだから厳粛に受け止めねばならない。
しかし彼らが持っていた武士道と言うべきものが失われていくのは、もしかすると、
それこそが本当に悲しいことなのではないかと思う。
もはや、誇り高く、教養溢れた、礼儀正しい日本人を見ることは難しくなっている。
嘆いてばかりはいられない。そのような人々の心を伝えていくことはできるはずだ。


・・・

C.Wニコル氏は、日本の黒姫を拠点に、森の自然保護活動を続けた。

氏の活動は、亡き今も尚、継承され受け継がれている。


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