書印会文化・伝承

書論 興芸書学入門 (第一回)

書を学ぶに、古来様々な書論があり、重要なのは、

筆法を統一する上での運筆法・執筆法にあると考える。

 

まず運筆法の心得は、そのすべてを文章化することが困難な所がある。

その理由は、各々使用する文房四宝で異なる為であると共に

書学者が自ら自分にあった名品と接し対話して独自の法則を生み出す
必要があるからである。

 

 書道が芸術として美的価値を生むには筆による線や点筆の紙面での活動が

表面的でなく、紙中、さらに紙背にまで到達し、躍動していなくてはならない。

 

運筆の基本は、名品の古典を正しく学び(臨書/りんしょ)品性を養う事が重要で、

各々の個性に合った古典は自然に吸収され、法則・結体が形成される。

そして最も大切な完成された書品がそこに備わる。

 

 書は、書体の変換と共に変化した。

現存する最古の文字は殷代の甲骨文字で、周代の金石文(ここまでを大篆という)

さらに、秦の始皇帝による天下統一と文化・文字の統一により生まれた小篆、さらに

前漢により三国時代の通用である隷書・草書・楷書や行書である。

 ここで大切な現代の書道教育について少し述べると、現代の書道入門として

先ず始めているのが、楷書の学習である点。楷書は、大きく分類すると、南朝と北朝に

分かれて発達するが、その背景には、隷書や草書体(草書であるが、隷書の筆法が

残ったもの)の後に、前の時代を意識し乍ら誕生した事を

忘れてはいけないという事である。

 

 楷書の名人が、その前の書体を学ばない事はまずありえない事で、現代人が篆書や隷書を

学ばずして、楷書を理解し、上達する事は困難に近い事となる。

 

現代人が名品に与ばない理由がそこにある。

毛筆ではその円垂形の中心に命毛があり、篆書や隷書の筆法を学ぶ上で

その命毛を常に意識して運筆をするのに対し、入門で楷書のみを勉強すると、

露鋒といって毛先が起筆の折に出たまま運筆する為、右への運動が右肘を動かないまま

運筆する事となる。又は右払いの場合でも毛先が右払いの上部に集まり、命毛が

活動しないままの運筆となる事が自然に行われる。(図①)

ここで注意しなくてはならないのは、線の片側が筆の腹となる為、

弱くまとまりの悪い線が書かれることとなるA部である。

これでは、円垂形の筆の機能は無視された使用法で、何も筆でなくとも、

刷毛の扱いと同様となる。

 命毛を意識し、中鋒(命毛が線の中央部を通る)にて線が引かれたなら、

その上部と下部は強くしっかりした形を成し何度繰り返し運筆しても常に同じ強さ・

同じ形は約束される。この運筆の基礎を文字に表れたのが篆書や隷書で図②のように

命毛が運動してしている(イ)

この筆法で楷書の線を(ロ)のように引けば、線の両端の強さがバランスよく保たれる。

名筆と称される楷書はよく見ると、図②の筆法である。(中国 唐時代まで)

 

中国唐代から宋代に入ると、試験制度の為、筆法・結体・品性は要求されず、

個性も尊重されなくなった。

それは、試験科目と大きく関係しており、篆書は勉強しなくとも合格できたからである。

ただすべての書家が学ばなかったのではなく、書・画・篆刻にと

芸術の幅を広めた者もいた。

その中鋒を意識した命毛を線の中心に保たせる古来篆書の筆を楷書に用いたのが清末の

張裕釗(張廉卿)で、康有為は書論「広芸舟双楫」の中で張裕釗の書について中鋒の書を絶賛している。

 

張裕釗は北碑の「張猛龍碑」から線の強さと中鋒を確立し自らの楷書に生かした名人である。

楷書を中鋒で書く為には、筆の軸を回転させなくては生まれない。

いわば捻筆によって楷書を確立した成功者である。

捻筆を使えば必ず命毛も線の中心を通る技法は、一度身につけると、

線が剣と化し、紙の裏に達する。

この筆法を景嘉先生より学び私は受け継いでいる。

 

基本筆法を動画にてご紹介いたします。(第一回目)
https://www.youtube.com/watch?v=a1dcl4iunBA

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